大切な一日

　“オグリキャップが東京競馬場へやって来る！”
　2008年の9月下旬だっただろうか、スポーツ新聞の記事を見て思わず飛び上がってしまいました。
　あわてて（株）優駿のスタッフに電話をしたところ、「決まったことだから…」と言いつつ心配でたまらない様子だったので、何故か申し訳なく思ったものです。
　オーナーや（株）優駿の事務所の方には「オグリキャップを見学できるようにしてほしい」と、いつも言っていました。でもまさか、東京に行くことになるなんて…。

2004年に写真集『サラブレッド浪漫』のための写真展を開催した際、たった1点展示したオグリキャップの写真に対する来場者の反応に驚かされました。ほとんどの人がオグリの写真の前で立ち止まり、そしてお互いの感想を語り合っているのです。オグリキャップの名前だけは知っているという人から、レースの想い出を熱く語る人、なかには涙ぐむ人までいて…。その時、「やはり皆、オグリを忘れていないのだ。欲しているのだ」と心から実感させられました。
　そして当時、優駿スタリオンステーションの場長をされていた堀さんに相談して、『あれから16年（17年）オグリキャップは元気です』という写真展を開催させてもらうことになりました。2007年から2008年にかけて札幌・東京・名古屋・大阪・福岡と全国5箇所を廻り、多くの方にオグリキャップの元気な姿を見ていただいたのです。東京展の会場にはJRAの土川理事長も来場され、ファンの方の反応を生で感じていただくことができました。後日、土川理事長は、
　「今年の夏に直接オグリキャップに会って来たんだよ。それで今の体調なら東京に行けると確信した。私は獣医出身だよ」
　とやさしく言ってくださったのを思い出します。

　2008年11月9日、東京競馬場。写真展で私が感じたファンの反応を、改めてこの眼で確かめる日がやってきました。
　当日の朝、厩舎へお邪魔すると、緊張の中にも誇らしげな表情をするスタッフの方々と接することができ、少しホッとしました。
　そして、オグリキャップの白さが、ただひたすら眩しかった。
　午前中のレースが始まり、刻一刻とその時は近づきます。お昼休み前の新馬戦に出走する馬たちがパドックを後にしても、誰もその場を動こうとしません。このピーンと張り詰めた空気感は、いったい何なのでしょう。
　そしていよいよオグリキャップの登場です。一斉にたかれるフラッシュの嵐の中、そこには私がいつも牧場で見ている姿とは、まったく違うオグリキャップがいました。現役時代を彷彿とさせる軽快な動きを、大勢のファンの前で披露していたのです。酔ったようなファンの視線を一身に浴びて、彼自身もこの雰囲気を楽しんでいるように思えました。
　「まだまだ走れそうだね」
　「絞ってきたのかなぁ」
　というファンの声。いえいえ、実はその逆なんですよ。ここのところ、オグリキャップは食べても食べても太れなくなっていました。その上、長距離輸送でさらに体重が減ってしまうことを予測して、スタッフが一生懸命フックラとさせてきたのです。
　パドックのお披露目のあと、サークルでの展示にも多くの人が並んでオグリに会いにきてくれました。手綱を放したとたんに砂遊びをしだすオグリキャップ。あーあ、せっかくきれいにしてもらったのに…（笑）。相変わらずマイペースな姿を見て思わずニンマリしてしまいました。
　あの日から1年半。あっという間にオグリキャップは逝ってしまいました。いま思えば、あの東京での1日は、とても大切な1日になりました。ファンの方々のイメージを壊すことなく、永遠のオグリキャップとして心に刻んでいただくために…。
　ありがとう、オグリキャップ！合掌

　私なりのオグリキャップを残すために、ただ今、写真集「白の時間」を作っています。6月上旬に学研教育出版より発売されます。また、それに合わせて下記日程で写真展の開催も予定しています。期間中はずっと会場におりますので、皆様とオグリキャップの想い出を語り合えたら嬉しいです。