馬産地見学ガイドツアーレポート[ツアー1日目]
新千歳空港に集合したツアー一行は、初日は胆振管内の牧場を訪問。
2024年9月5日
毎年、大変ご好評をいただき13回目を迎えた「2024北海道馬産地見学ガイドツアー」。競走馬のふるさと案内所スタッフや、馬産地に精通した馬産地ライターがガイド役として同行し、牧場見学を楽しみながら馬産地の基礎知識や見学マナーをご理解いただこうというツアーです。
今年は9月5日から7日まで、5年ぶりとなる2泊3日のスケジュールで行い、15か所の牧場・施設を見学し、約150頭の名馬と再会を果たしています。その中には普段は一般の見学を受け入れていない牧場なども含まれておりました。ご協力をいただいた牧場の方々には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
はじめに
きっかけは、ある牧場から「競走馬のふるさと案内所」に寄せられた見学マナーに関する苦情でした。「競走馬の生産牧場は観光地ではなく、種牡馬や引退名馬も決して見せ物ではないことを理解、徹底して欲しい」。ガイドツアーを通して、馬産地を理解して欲しいという思いから企画されたのが、このツアーです。
その後、そのような声は少なくなりましたが、近年は競馬ファンの底辺が広がったこと、そして誰もが自由に発信できるSNSの発達、また新型コロナウイルスによる移動制限が緩和されたことなどもあって、牧場見学に関するトラブルもまた散見するようにもなりました。
このツアーは、競走馬のふるさと日高案内所、同胆振案内所の担当者が「無駄なく、無理なく、少しでも多くの馬を」と苦心を重ねて組んだ行程スケジュールです。そのため、多少は窮屈な思いをさせてしまったことや「そんなことは、言われなくても分かっているよ」「そんなに堅苦しいこと言うなよ」と感じられた方もいらっしゃるかもしれませんが、それもまた参加いただいたすべての方に「楽しいはずの旅行に、嫌な思い出を残さないため」とご理解いただければ幸いです。また、今後、個人で馬産地を訪れる際には、今回のツアーで私たちが口酸っぱくご理解を求めたことを思い出していただければ幸いです。
本当は、お申込みいただいたすべての方にご参加いただきたいという気持ちもあるのですが、現実的にはそれが叶わず、今回も抽選とさせていただきました。にもかかわらず、たくさんの方にお申し込みをいただきましたこと、この場を借りて感謝申し上げます。
また、今回も競馬・馬産地に精通した馬産地ライターがガイド役としてツアーに同行させてもらいました。そんな「2024北海道馬産地見学ガイドツアー」3日間の模様をレポートします。
新千歳空港に集合、そして出発
ツアーの初日は、北の玄関口ともいわれる新千歳空港からスタートします。今回、ご参加いただいたのは、661名の参加お申し込みの中から抽選で選ばれた29組39名(男性16名、女性23名)。中には繰り上げ当選によって参加が決まった方もいらっしゃいましたが、集合時間(9時40分)の約20分前には全員の方にお集まりいただきました。スムーズな進行にご協力いただきましたこと、改めて御礼申し上げます。
今回も約16倍という抽選となりましたが、中には2度目の参加という方もいて、旧知のスタッフと親交を深めるというシーンも見受けられましたが、ほとんどの方が初参加。大勢の方が利用する空港ロビーで互いに自己紹介という訳にもいかず、この時間はどうしてもギクシャクとした時間が流れます。
昨年、バスの座席は新型コロナウイルス感染拡大防止の意味から1泊2日の全行程で固定させてもらいましたが、今回は3日間すべてで異なるものとさせてもらいました。大型バスの乗り降りには思った以上に時間と体力がかかるものです。馬の見学はもちろんですが、例えばトイレ休憩などの際にも前方座席の方と、後方座席の方では大きな差が生じてしまいます。その差をすべて平等に割り振ることはできませんが、少しでも差を埋めようという配慮です。ご理解をいただき、感謝申し上げます。
車中では、競走馬のふるさと日高案内所の河村伸一所長から、事前にお渡しできたスタリオンステーションのパンフレットなどの確認や、ツアー中の留意点、見学に関するマナー、見学の際に使用するイヤホンガイド、馬が個体展示される際のホワイトボードなどの説明がありました。またバスに同乗する同胆振案内所スタッフの髙橋啓太さんからは初日の馬を見学する際に貴重な資料となるブラックタイプの読み方などの解説があり、その後、同行ガイドの紹介をしながら、最初の目的地「社台ファーム」へと向かいます。
社台ファーム
最初の目的地は、日本を代表するトップブリーダーの社台ファームです。1955年(昭和30年)に千葉県で創業し、現在の社台ファームは1971年に創設されました。その後、創設者である吉田善哉氏の逝去に伴う事業分割と継承により、1994年から現在の形となりました。約300haという広大な土地を利用し、生産から育成、調教までを行う総合牧場です。
これまでダイワメジャー、ダイワスカーレット、ヴィクトワールピサ、ネオユニヴァース、アグネスタキオン、ハーツクライ、ダンスインザダーク、バブルガムフェロー、マンハッタンカフェなど数えきれないほどの活躍馬を日本、そして世界へと送り出していますが、この春は大阪杯(G1)をベラジオオペラが制したほか、NHKマイルカップ(G1)をジャンタルマンタルが、テンハッピーローズがヴィクトリアマイル(G1)に勝利し、ダノンデサイルが日本ダービー(G1)を制しています。
限られた時間ですべてを見学することはできませんが、ここでは繁殖牝馬と当歳馬を見学させてもらいました。
ツアー初日、最初に登場してきたのは2022年の2冠牝馬スターズオンアースの母サザンスターズ(11歳、父Smart Strike)と、その当歳(牡、父キタサンブラック)でした。続いて2022年の菊花賞(G1)をレコード勝ちしながらも不慮の事故で亡くなってしまったアスクビクターモアの母カルティカ(2007年生、父Rainbow Quest)と、その当歳(牝、父コントレイル)。さらには昨年の皐月賞馬ソールオリエンス、そして富士S(G2)優勝のほかドバイターフ(G1)でも2着、3着と健闘を重ねたヴァンドギャルドの母スキア(2007年生、父Motivator)。この馬は、残念ながら2024年産駒はおりませんが、フランスで重賞を勝ち、日本でクラシックウィナーの母となった馬です。その後は、今年の日本ダービー(G1)を勝ったダノンデサイルの母トップデサイル(2012年生、父Congrats)。そして、昨年の2歳王者にして、今春のNHKマイルカップ(G1)に勝ったジャンタルマンタルの母インディアマントゥアナ(2014年生、父Wilburn)の合計7頭です。
同じ牧場の、同じ当歳馬ではありますが、バスで場所を移動しながらの見学。「誕生日(出産予定日)によって厩舎を分けています」と説明していただいたのは、セレクトセールの鑑定人でもお馴染みの青田力也さん(社台ファーム)。血統、馬体の印象などのほか、馬に関する裏話などをマイクを通してお話いただきました。「今日、ご覧いただいた馬は外国産の繁殖牝馬ばかりでしたが、彼女たちの子供が活躍してくれたことで、私たち従業員は大きな勇気をもらいました。馬には感謝しかありません。みなさんの写真に収めた当歳馬たちを一生懸命に育てますので、競馬場で再会することがあれば、ぜひ応援してください」とお話いただきました。
追分ファーム
社台ファームから車で15分ほどの距離にある「追分ホテルわたなべ」。ここで昼食を取ったあと追分ファームへと向かいますが、牧場見学ツアーの行程を組むうえで難しいのは「食事」と「休憩」と「移動」。そこに競走馬の牧場ならではの「勤務時間」があります。朝が早い牧場にとって「昼休み」というのは重要な休憩時間だからです。
ホテルを出たバスは「道の駅あびらD51ステーション」で時間調整を兼ねた休憩時間を取り、追分ファームへと向かいます。
追分ファームは、吉田善哉氏の3男、吉田晴哉氏が1995年に開場した総合牧場で、生産、育成、調教を一貫して行っています。社台グループの中では最も新しく、年間の生産規模は70頭前後とグループの中では最も少ない牧場ですが、その中からゴールドアリュール、ソングオブウインド、レジネッタ、ハットトリック、オーロマイスターなどの活躍馬を送り出しています。
ここでは、4頭の繁殖牝馬と、1頭の当歳馬を見学させてもらいました。
最初に登場してきたのはフランス、ドイツ、イタリア、スペインで出走し、ドイツの重賞競走を勝ったキティマリオン(2016年生、父Iffraaj)と、その当歳(牝、父Baaeed)。追分ファーム事務局の村上祥太さんからは「Baaeedはマイル戦を中心にデビューから6つのG1含む10連勝を記録し全欧年度代表馬に選ばれた名馬です。日本の馬場に対する適性もあると思いますので、注目してください」と解説がありました。
続いて、JBCレディスクラシック(Jpn1)などダートグレード6勝を記録したメーデイア(2008年、父キングヘイロー)。昨年は種付けを休んだとのことですが、元気な姿を見せてくれました。それから、2020年TCK女王盃優勝馬のマドラスチェック(2016年、父Malibu Moon)、2008年の桜花賞馬レジネッタ(2005年、父フレンチデピュティ)が矢継ぎ早に紹介されました。この春、マドラスチェックはコントレイルの牡馬を、レジネッタはエピファネイアの牡馬を出産していますが、すでに離乳を終えて離れた牧場へと移動していためにご覧いただくことはできませんでしたが、離乳を終えて充電期に入っている繁殖牝馬の姿をご覧いただきました。
白老ファームYearling
追分ファームを出発した一行は、再び「道の駅あびらD51ステーション」に立ち寄ったあと、「白老ファームYearling」へと移動します。
「イヤリング」牧場とは、離乳を終えた当歳馬が本格的なトレーニングを始めるまでの期間を過ごす場所です。ちょうど、という表現が正しいかどうかはわかりませんが、ツアーが行われた9月は離乳を終えて移動してきたばかりの当歳馬と、もう間もなく育成牧場へと移動する1歳馬が混在する季節です。ここでは、4頭の当歳馬と、4頭の1歳馬を見学させていただきました。「1年という時間の中で、馬がどれほど成長するのかを見てほしかった」と、この日のスケジュールをコーディネイトした胆振案内所の髙橋さん。お気付きになった方もいらっしゃるかもしれませんが、この日は1日で繁殖牝馬と、離乳前の当歳馬、離乳後の当歳馬、そして1歳馬をご覧いただきました。「せっかく2泊3日のツアーにご参加いただくのだから、サラブレッドが生まれてからトレーニングを開始するまで、どのように過ごしているのかを見ていただきたかった」という思いからだそうです。
登場してきたのは2月1日生まれで現在の馬体重が309kgという「パドゥヴァルスの2024(牡、父サリオス)」。1月30日生まれで、現在の馬体重が256kgという「グラマラスライフ2024(牡、父レイデオロ)」。「レイデオロの良い部分を受け継いだ印象があります」と付け加えられました。つづいて、2月27日生まれで、現在の馬体重が255kgという「ジュールポレール2024(牝、父エピファネイア)」。そして最後は1月19日生まれで現在の馬体重257kgという「シーティス2024(牝、父キズナ)」。それぞれ血統解説が加えられる中で、ハンドラーの意図をしっかりとしたウォーキングを披露し、最後は4頭が並んでフォトセッションを行いました。
続いて1歳馬。4月9日生まれで現在の馬体重が462kgという「アールブリュット2023(牡、父キズナ)」。4月4日生まれで現在の馬体重が457kgという「ココファンタジア2023(牡、父サートゥルナーリア)」。3月5日生まれで現在の馬体重が453kgという「フィルムフェスト2023(牡、父キタサンブラック)」。1月27日生まれで現在の馬体重が462kgという「レオパルディナ2023(牡、父オルフェーヴル)」の4頭が当歳馬同様に1頭ずつ血統背景を紹介されたのち、堂々とした歩きを披露してくれました。
1歳馬のフォトセッションを終えたあと、この日、解説をいただいた横山泰司さんから改めてイヤリング牧場について「基本的には1歳馬の管理を行う牧場なのですが、離乳を終えた当歳馬のコミュニティから、1頭の確立したサラブレッドへと成長させる場所です。これからの強い調教に耐えられるための丈夫な足腰、健康な体に成長させるために一生懸命頑張っています」という言葉をいただきました。
参加いただいた方からは「ここで育った馬について、当時の思い出を教えてください」といった質問もありました。
ノーザンファーム空港牧場
初日の最後は、1982年に開場したノーザンファーム空港牧場。ここは、全17厩舎554馬房。高低差18m、全長900mのウッドチップ屋内坂路コース、高低差14mで全長1,200mのポリトラック屋外直線坂路コース、全長1,000mの屋内ダートトラックコース、全長400mのポリトラック周回コースなどを備え、育成分野に特化した牧場で、かつてはグラスワンダーやスペシャルウィーク、そして三冠馬オルフェーヴルや三冠牝馬ジェンティルドンナ。そしてドウデュース、リバティアイランド、マルシュロレーヌなどがここで鍛えられています。
今回は時間の関係で育成シーンを見ることは出来ませんでしたが、事務局の岡本貴政さんにバスに乗り込んでいただき、広大な敷地内に点在する厩舎、そして調教コースを数々の名馬のエピソードを交えながら、ユーモアたっぷりに説明いただきました。
途中、バスから降りて実際に使用されているゲートの中を通過させてもらったほか、屋外直線坂路コースの入り口で、そしてメインの調教コースとして使用されている屋内ウッドチップ坂路コースのゴール地点で記念写真を撮らせてもらいました。
参加いただいた皆様からは「今現在、何頭の馬が厩舎にいますか」「周回コースの右回り、左回りはどうなっていますか」「育成馬は、普段どんなものを食べていますか」などと言った質問が寄せられました。
岡本さんは最後に「私たちは今でも馬に励まされることがたくさんありますが、多くの方々に応援いただいているノーザンファームの馬がもっともっと勝てるように、日々いろいろな事にチャレンジしています。今日、ここでお会いできたのも何かの縁かと思いますし、厳しい抽選を潜り抜けてツアーにご参加いただいたみなさまにノーザンファーム生産馬、ノーザンファーム空港牧場育成馬を応援いただければ嬉しいです」とツアーの初日を締めくくってくれました。