2012年12月02日 ジャパンCダート G1
優勝馬:ニホンピロアワーズ
プロフィール
- 生年月日
- 2007年05月03日 05歳
- 性別/毛色
- 牡/青鹿毛
- 戦績
- 国内:22戦10勝
- 総収得賞金
- 597,871,000円
- 母 (母父)
- ニホンピロルピナス by アドマイヤベガ
- 馬主
- 小林 百太郎
- 生産者
- 片岡牧場 (静内)
- 調教師
- 大橋 勇樹
- 騎手
- 酒井 学
20あるJRA・芝G1に対して、JRA・ダートG1は2つ。準OP、OP特別、G3、G2と出走馬に富んだダート戦線は、近年大きなピラミッドを形成している。その最強馬を決める一戦、ジャパンカップダート(G1)。過去の優勝馬にはクロフネ、カネヒキリ、ヴァーミリアンといった目下の人気種牡馬がズラリ。比較的歴史の浅いG1でありながら、ジャパンカップ(G1)同様、将来の種牡馬を占う色合いも見せている。
2012年12月2日、第13回優勝馬となったニホンピロアワーズは、新ひだか町静内豊畑の片岡牧場で生まれた。生地・片岡牧場は片岡正雄さん・明子さん夫婦による小さな牧場で、現在、繁殖牝馬は3頭。過去には関屋記念(G3)、朝日チャレンジカップ(G3)を制したカンファーベストや、JRA・OPクラスまで出世したニホンピロリビエラ、ブルーフランカーを生産している。ご自宅を訪問すると、床を埋め尽くすお花とお酒が目に飛び込む。遠くは高知県、カンファーベストが功労馬生活を過ごす土佐黒潮牧場からもお祝いが届けられていた。
レース当日、阪神競馬場に正雄さんの姿があった。「これまで競馬場へは行ってなかったのですが、G1の晴れ舞台ですし、今回は見に行こうと決めていました。評価は少し低かったですが、チャンスはあると期待していました。」と、戦前の心境を振り返る。明子さんに留守を頼んだものの、家族経営ゆえに長く家を離れるわけにはいかない。日帰りのスケジュールで慌ただしく仁川に向かった。
6番人気で迎えたレースでは、伏兵視をあざ笑うかのように直線で一気にリードを奪った。関西テレビの石巻ゆうすけアナウンサーが、地上波で声を弾ませた。「先頭は14番のニホンピロ!ニホンピロ!抜け出したぞ!ニホンピロアワーズ!新ダート王の誕生だ!」
2着馬に3 1/2馬身をつける完封勝利。過去3年の同レース覇者、地方競馬の祭典・JBCのチャンピオンに加え、前哨戦を制した勢いある3、4歳馬を相手に影をも踏ませない、堂々の新王者誕生の瞬間だった。
「本当に嬉しかったですね。昔からお世話になっている小林オーナーに、恩返しをしたいと思っていました。これまで結果を出せなかった生産馬もいたので…ゴールの時はオーナーに拍手をしていました。心底良かったと思いました。」(正雄さん)
喜びを爆発させながら手を叩いた正雄さんは、オーナーの小林百太郎さんと口取りに向かった。「久しぶりだなぁ。」と喜ぶ小林さんと並んで、栄光の表彰台に立った。
「G1ですからね…他の重賞とはまた次元が違いますから。表彰台に上がった時は、ここからの景色をよく見ておこうと、端から端までじっくり見渡していました。」(正雄さん)
本馬は父ホワイトマズル、母ニホンピロルピナス(母の父アドマイヤベガ)という血統。母ニホンピロルピナスは小林オーナーの所有馬で、預託馬として片岡さんの元にやってきた。現役時代は未勝利に終わったが、繁殖牝馬として大きな仕事を成し遂げた。
「気性のきつい馬で、繁殖に上がってきた時は“種付け、大丈夫かな”と、案じていました。それでも、最初に獣医さんに診てもらった時、心配をよそに大人しく応じてくれたので、これならいけると思いました。配合相手はずっと小林オーナーの選択です。今年はシンボリクリスエスを受胎しています。」(正雄さん)
牧場時代の本馬については、「お産は軽かったし、順調に育ちました。初仔のわりに立派な体格をしていましたね。」と、正雄さんは振り返る。ちょうどその時期、正雄さんに病気が見つかり、主に現場仕事を切り盛りしていたのは明子さんだった。「仔馬の時は母馬の周りをとにかく走り回っていましたね。体全体を使ってくるくると走って、走るのが大好きな馬でした。」と、明子さんは昨日のことのように思い出す。
本馬が1歳になった時、正雄さんの入院が決まった。その前の年は、正雄さんの両親が亡くなり、“心労が重なったのでは”と、正雄さんの周囲から心配の声が寄せられた。幸いにも、正雄さんの病気は早期措置で大事には至らなかった。昔から馬が好きな明子さんは、病院通いや介護に向き合いながら、気丈に牧場を守った。「てんやわんやの年が続いた時に生まれて育った馬が、ニホンピロアワーズなんです。」と、片岡さん夫婦は苦笑いする。
入院に伴い、牧場の馬たちは一時移動することになった。本馬も1歳春から秋まで、新ひだか町静内の友田牧場に身を置いた。「新しい環境になったことで、精神的にも肉体的にも鍛えられたのでしょう。お世話になった友田さんにも本当に感謝しています。」(正雄さん)
片岡家の応接間には過去の生産馬の口取り写真が、壁一面を彩っている。とりわけオーナーが勝利に立ち会えた時の写真を、残している。「中にはもう亡くなった方もいますが、お世話になったことを忘れないために掲げています。」と、正雄さん。時代を感じさせる古い写真も飾られてある。全て手書きの仕立てが味わい深い。この晴れがましい場面の数々に、今度は正雄さんの写ったG1写真が加わる。昭和41年に正雄さんの父・正さんが創業して以来、待望の初G1写真だ。
「これまで本当に人に恵まれて、牧場を続けられたと思います。馬を扱う仕事ですが、人との縁も大事です。周りの人に感謝して、人付き合いは大事にしていこうとやってきました。その結果が、今回の勝利につながったと思います。」と、正雄さんは改めて、牧場を支えてくれた一人一人を思い出す。牧草の早刈り、徹底したコスト管理、戦略的に取り組んできたことは多々あれ、これまでの道のりには、馬を愛し、牧場を愛してくれた人たちがいた。応援してくれたファンの存在も大きい。勝利の裏には、ぬくもりのある絆が無数に広がっていた。