2010年05月02日 天皇賞(春) G1
優勝馬:ジャガーメイル
プロフィール
- 生年月日
- 2004年05月08日 06歳
- 性別/毛色
- 牡/鹿毛
- 戦績
- 国内:16戦6勝
- 総収得賞金
- 460,545,000円
- 母 (母父)
- ハヤベニコマチ by サンデーサイレンス(USA)
- 馬主
- 吉田 和美
- 生産者
- アイオイファーム (浦河)
- 調教師
- 堀 宣行
- 騎手
- C.ウィリアムズ
第141回天皇賞(春)(G1)を制したのは、2番人気のジャガーメイル。これまで高い能力を認められながらも重賞未勝利だった同馬の初重賞勝ちは最高の舞台になった。
生産した浦河町のアイオイファームは、山口十郎社長と、十志男さんの親子を中心に本場、分場併せて約50ヘクタールの広大な土地に15頭の繁殖牝馬をけい養している。これまでに76年のデイリー杯3歳Sに勝ったアータルナイトや02年のアルゼンチン共和国杯(G2)に勝って、03年の天皇賞(春)(G1)でヒシミラクルの2着したサンライズジェガー、あるいは昨年の札幌2歳S(Jpn3)を制したサンディエゴシチーなどを出している。
レース当日、山口十郎さんは、長年苦楽をともにした美代子さん、長男で後継者の十志男さん、純さん夫婦らと競馬場の馬主席で観戦した。「生産という仕事を選んだからにはG1レースを勝つことを目標としていました。今回は人気にもなっていたし、ひょっとしたらという思いがありましたね」とレース前の心境を語り、ゴールした瞬間は「頭がまっ白。どうやって表彰式に降りていったのか、よく覚えていないんです。正直に言えば、まだ実感は沸きません。サンライズジェガーが天皇賞で負けたとき、あぁ、もう自分の代ではG1レースは勝てないな、と思っていましたから。でも、本当に嬉しい」と喜びを表現した。
ジャガーメイルは2歳トレーニングセール取引馬。3歳秋の遅いデビューとなったが、初戦で経験馬相手に快勝したあと、順調にクラスをあげていった。4歳春、条件特別を3連勝したあとに挑んだアルゼンチン共和国杯(Jpn2)はスクリーンヒーローの2着。香港ヴァーズ(G1)3着と惜しい競馬を続け、今年は京都記念(G2)からスタート。ダイヤモンドS(G3)を軽度の脚部不安で取り消したが、翌週の京都記念で復活。ここでブエナビスタの2着とじっくりと間隔を空けて挑んだ大一番で結果を出した。
母のハヤベニコマチも同ファームの生産馬。「祖母のターンツーダイナを吉田善哉氏(故人)から譲り受けたのが最初ですね。そうした血統を大切に育て、生産した馬をノーザンファームに買ってもらって、そして天皇賞に勝つことができました。不思議な縁を感じますし、多くの人のおかげで勝たせてもらったという思いが強いです」と感謝する。
「生産牧場という仕事は、生産に関して不測の事態が起きることは珍しくないし、売買に関してもさまざまなリスクが付きまといます」という。母ハヤベニコマチも昨年、デビッドジュニアの仔を出産直前に事故で亡くしている。「この仕事は、安定という言葉とは程遠いものがあります。自分も何回辞めようかと思ったかわからない。でも、こんな大きな喜び、夢があるんですね。また、そのための努力を続けていきたい」と決意を新たにしている。
生産した浦河町のアイオイファームは、山口十郎社長と、十志男さんの親子を中心に本場、分場併せて約50ヘクタールの広大な土地に15頭の繁殖牝馬をけい養している。これまでに76年のデイリー杯3歳Sに勝ったアータルナイトや02年のアルゼンチン共和国杯(G2)に勝って、03年の天皇賞(春)(G1)でヒシミラクルの2着したサンライズジェガー、あるいは昨年の札幌2歳S(Jpn3)を制したサンディエゴシチーなどを出している。
レース当日、山口十郎さんは、長年苦楽をともにした美代子さん、長男で後継者の十志男さん、純さん夫婦らと競馬場の馬主席で観戦した。「生産という仕事を選んだからにはG1レースを勝つことを目標としていました。今回は人気にもなっていたし、ひょっとしたらという思いがありましたね」とレース前の心境を語り、ゴールした瞬間は「頭がまっ白。どうやって表彰式に降りていったのか、よく覚えていないんです。正直に言えば、まだ実感は沸きません。サンライズジェガーが天皇賞で負けたとき、あぁ、もう自分の代ではG1レースは勝てないな、と思っていましたから。でも、本当に嬉しい」と喜びを表現した。
ジャガーメイルは2歳トレーニングセール取引馬。3歳秋の遅いデビューとなったが、初戦で経験馬相手に快勝したあと、順調にクラスをあげていった。4歳春、条件特別を3連勝したあとに挑んだアルゼンチン共和国杯(Jpn2)はスクリーンヒーローの2着。香港ヴァーズ(G1)3着と惜しい競馬を続け、今年は京都記念(G2)からスタート。ダイヤモンドS(G3)を軽度の脚部不安で取り消したが、翌週の京都記念で復活。ここでブエナビスタの2着とじっくりと間隔を空けて挑んだ大一番で結果を出した。
母のハヤベニコマチも同ファームの生産馬。「祖母のターンツーダイナを吉田善哉氏(故人)から譲り受けたのが最初ですね。そうした血統を大切に育て、生産した馬をノーザンファームに買ってもらって、そして天皇賞に勝つことができました。不思議な縁を感じますし、多くの人のおかげで勝たせてもらったという思いが強いです」と感謝する。
「生産牧場という仕事は、生産に関して不測の事態が起きることは珍しくないし、売買に関してもさまざまなリスクが付きまといます」という。母ハヤベニコマチも昨年、デビッドジュニアの仔を出産直前に事故で亡くしている。「この仕事は、安定という言葉とは程遠いものがあります。自分も何回辞めようかと思ったかわからない。でも、こんな大きな喜び、夢があるんですね。また、そのための努力を続けていきたい」と決意を新たにしている。