門別競馬場で宮崎光行騎手の引退セレモニーが行われる
6月4日、日高町富川駒丘にある門別競馬場において、宮崎光行騎手の引退セレモニーが行われた。
宮崎光行騎手は1966年11月24日生まれの58歳。北海道札幌市の出身。小柄な身体を生かそうと騎手を志し、1984年9月30日に須藤三千夫厩舎に所属して騎手デビュー。10月21日に札幌競馬第7競走にてイケノヨウミドリに騎乗して初勝利をあげた。
その後も順調に勝ち星を積み重ねて、1989年には赤レンガ記念をツルギエイカンに騎乗して重賞初制覇。1993年には85勝をあげて初めてリーディングジョッキーに輝いた。重賞は74勝。ゴールデンセンプー、サダノチャンピオンといったアラブの強豪とのコンビのほか、北海優駿をロンガーワンダー、アラベスクシーズ、クラキンコ、ピエールタイガーで4勝をマーク、道営記念をヒットパーク、バンブーボカ、ジンクライシスで3勝をマーク、ハッピースプリントとのコンビで全日本2歳優駿(Jpn1)、浦和記念(Jpn2)、北海道2歳優駿(Jpn3)などを制覇した。近年はけがに悩まされながらも「困ったら光行に頼む」と馬を熟知する手腕は高く評価された。通算成績は15,638戦2,301勝。競馬ファンや厩舎関係者に強く印象に残る名騎乗を数多く見せた。緑袖、胴緑白元禄の勝負服は永遠にファンの心に刻まれている。
最終競走終了後にウィナーズサークルにて行われた引退セレモニーには、多くのファンがスタンドに残り、ホッカイドウ競馬の騎手、調教師、厩舎関係者、主催者らが出席。北海道馬主会、北海道調騎会、北海道調騎会騎手部会、北海道厩務員会、ハッピースプリントの馬主である(有)辻牧場の辻助氏、兵庫県競馬組合の永島太郎調教師、小国博行調教師、宮崎光行騎手と同期デビューの松井孝仁元騎手、田中淳司厩舎の関係者、宮崎光行騎手の家族、所属した松本隆宏厩舎の関係者、村上正和厩舎の関係者、川島洋人厩舎の関係者などからねぎらいの言葉と花束や記念品が贈られた。
宮崎光行騎手は引退に際して「ちょっと心残りがあります。身体が動けなくなり、馬に乗ってちゃんとしたパフォーマンスができないとおもい開催前に引退を決断しました。15,000くらい乗りましたが、すべてのレースが印象に残っています。すべての馬に感謝です。40年間、騎手を続けることができたのは、家族やファンのみなさま、競馬関係者の助けがあったからこそです。もう少し乗りたかったんですけど、こんなにも多くの方々にお集まりいただき感謝しかありません。今後はゆっくりしたいとおもいます。いっぱい減量したので、全国のおいしいグルメを食べたいと旅に出ることを考えています。ホッカイドウ競馬のジョッキーは全国区というくらい上手な騎手が揃っていますので、みんな頑張ってほしいです。これからもホッカイドウ競馬を応援してください。よろしくお願いいたします」とファンに別れを告げた。