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イシノサンデーの慰霊祭が執り行われる

  • 2024年12月16日
  • ゆかりの関係者が参列したイシノサンデーの慰霊祭
    ゆかりの関係者が参列したイシノサンデーの慰霊祭
  • 桜舞馬公園に建立されたイシノサンデーの墓碑
    桜舞馬公園に建立されたイシノサンデーの墓碑
  • たてがみは馬魂碑内に納められた
    たてがみは馬魂碑内に納められた

 12月13日、新ひだか町静内田原にある桜舞馬公園(オーマイホースパーク)において、イシノサンデーの慰霊祭が執り行われた。

 慰霊祭にはイシノサンデーを生産した新ひだか町静内神森にある服部牧場の石丸場長、種牡馬生活を管理した公益社団法人日本軽種馬協会(以下JBBA)静内種馬場の遊佐繁基場長をはじめとした種馬場職員、畠山史人静内軽種馬生産振興会会長らが参列。静内神社の山田一孝宮司による神事にのっとり冥福を祈った。

 イシノサンデーは父がサンデーサイレンス、母がジェフォリー、母の父がアリダーという血統。1993年生まれの栗毛の牡馬で静内町神森(現新ひだか町静内神森)にある服部和則氏(現服部牧場)の生産になる。

 現役時代のイシノサンデーは、(株)イシノ、(株)イシジマが所有し、栗東の山内研二厩舎が管理。1995年9月の3歳新馬戦でデビュー勝ち。1996年の皐月賞(G1)では1番人気のロイヤルタッチを退けてクラシック1冠目を制した。秋にはダートの重賞、盛岡競馬場のダービーグランプリを制覇。年が明けて最初の重賞競走、1997年の京都金杯(G3)にも勝利した。芝とダートの二刀流で活躍し、競走成績は22戦6勝2着2回3着4回だった。

 現役引退後はJBBA所有種牡馬となり、1999年から千葉県にある下総種馬場で供用開始。その後、青森県にある七戸種馬場、鹿児島県にある九州種馬場、再び七戸種馬場、静内種馬場、幕別町にある十勝軽種馬農協種馬所を経て、最後は静内種馬場で種牡馬生活を送った。

 2016年をもって種牡馬を引退。種牡馬引退後は功労馬として余生を送っていたが、今年8月18日、老衰のため31歳で死亡した。

 遊佐場長は「本来ならば静内種馬場の施設内に墓碑を建立するのですが、静内産馬ということもあり静内にゆかりのある数々の名馬の墓碑がある公園内にイシノサンデーの墓碑をつくりました。種牡馬になってから、そして、種牡馬を引退してからも研修生が種牡馬実習をする際の教育係として活用してきました。いまいるスタッフたちもイシノサンデーにホースマンとしてのイロハやスタリオンマンとしての基本や心得を学んできました。ファンの多い馬でバレンタインデーにはチョコレートが届いたり、メッセージが送られてきたほどです。SNSにも動画をアップしていたので、死んだときは海外からもお悔やみの言葉をいただきました。ファンの方はいつでもお墓参りができますので会いにきてほしいですね」と偲んだ。