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重賞ウイナーレポート特別編~マルシュロレーヌ・BCディスタフ(G1)

  • 2021年11月29日
  • マルシュロレーヌを生産したK-1厩舎
    マルシュロレーヌを生産したK-1厩舎
  • レイパパレの育成も手掛けてきた
    レイパパレの育成も手掛けてきた

 ホースマンである以上、まずは自分が手掛けた馬にとって初勝利が目標であり、その勝利の積み重ねの向こうに重賞、そしてクラシックといった、大きなタイトルが見えてくる。

 育成を手掛けたレイパパレが今年の大阪杯(G1)を優勝。レイパパレだけでなく、厩舎長としても初のG1勝ちとなったのが、ノーザンファーム空港の佐藤信乃介厩舎長。厩舎長としての1つの目標を達成したのと同じ年に、育成馬のマルシュロレーヌがブリーダーズカップディスタフ(G1)に出走すると聞かされた時、勝ちたいという前に浮かんできた感情は、「この舞台に挑戦出来て良かったという思いであり、勝ちたいとまでは考えもしませんでした」と話す。

 佐藤厩舎長がそう思うのも無理はない。アメリカは世界の競馬でも圧倒的な「ダート大国」であり、しかも日本のダートとは違い、コースに敷き詰められているのは「砂」ではなく「土」。日本調教馬をこの舞台に連れて行っても、ダート馬ではスピードで劣り、そして芝馬ではパワーで叶わなかった。

 ただ、マルシュロレーヌはダートで重賞を勝利していただけでなく、芝でも中央の3勝クラスを走っていた競走馬であった。しかも、前走は門別競馬場で行われたブリーダーズゴールドカップ(Jpn3)を優勝。日本のダート牝馬重賞戦線においては、トップクラスに位置していた。

 そのブリーダーズゴールドカップ(Jpn3)出走の前後において、マルシュロレーヌはノーザンファーム空港牧場で調整が行われている。

 「レース前も順調に来ていましたが、レースを使ってから更に馬が良くなっていったような印象がありました。気持ちの入りやすい馬だったので、こちらの調教では坂路での乗り込みを少なくしていましたが、自分の感覚だけでなく、騎乗していた主任も『物凄く状態が良くなっている』と話していました」(佐藤厩舎長)

 ただ、状態の良さと、相手あってのレースの結果は別である。しかもブリーダーズカップディスタフ(G1)は、牝馬限定の競走では世界最高賞金額のレースかつ、北米最強の牝馬決定戦との意味合いも持つ。今年ここまでG1 4勝を含む5連勝。このレースを勝利すれば年度代表馬も見えてくるレトルースカ。その他にも今年のケンタッキーオークス(G1)を含むG1 3勝馬のマラサート。今年、G1 2勝をあげているシーデアズザデビルが出走。その豪華メンバーの中でレトルースカが、現地の1番人気を集めていたのに対して、マルシュロレーヌは11頭立ての最低人気タイとなっていた。

 「メンバーが強すぎましたし、ベストな状態のマルシュロレーヌでもどこまでやれるかと半信半疑でした」とレース前の心情を話す佐藤厩舎長。ただ、レース後には全く思っても見なかった感情が湧き上がっていく。

 ブリーダーズカップディスタフ(G1)はグリーンチャンネルで放送されなかったこともあり、佐藤厩舎長は公式サイトの映像でレースを見ていた。

 「パドックなどではちょっと気の入った感じもありましたが、リードホースも付いていてくれるなど、馬にとって環境も良かったのか、いいテンションを保ったままゲートへと向かってくれました」(佐藤厩舎長)

 半マイル通過が44秒97という、かなりのハイペースで流れていったレースにおいて、マルシュロレーヌは後方に待機しながらレースを進めていく。人気のレトルースカを含めた先行勢が失速していった3コーナー過ぎ、後方にいたマルシュロレーヌは一気にポジションを上げていくと、その勢いのままに直線では先頭へと躍り出る。

 「3コーナーからの勢いからして、見せ場はあるのではと思っていましたが、直線で先頭に立ったときは信じられない思いでした。ここまで来たらそのまま勝ってくれ!と思いました」

 そこに並びかけてきたのが、内側から脚を伸ばしてきたダンバーロード。ゴールの瞬間は2頭がほぼ並んだようにも思えたが、ハナ差だけ抜け出していたのはマルシュロレーヌだった。

 「ゴールの瞬間は本当に身体が震えて、しばらくその震えは止まりませんでした。嬉しいといった感情とはまた違った、不思議な感じでした」

 しばらくは現実味が無かったとも話す佐藤厩舎長だが、祝福する連絡が次々と入るようになってから、喜びがじわじわとこみあげてきたという。

 「この馬の適性を見抜き、挑戦させてくれた陣営に感謝するだけです。今後、アメリカのダートに挑戦していく馬の試金石となったのではとの思いもありますし、次は人気を集めて、この舞台を勝てる馬を送り出していきたいと思います」そう話した佐藤厩舎長は、「この勝利は自分だけでなく、共に働く厩舎スタッフにとっても、いい自信となりました。マルシュロレーヌもレイパパレもここで特別なことをやってきてはいませんが、ただ、どの育成馬も含めて、その馬にとってベストだと思えることに、これからも取り組んでいきます」と付け加える。世界最高峰のレースを制したマルシュロレーヌの管理を行った佐藤厩舎長と厩舎スタッフたちが、次に送り出す名馬の活躍が、今から楽しみでならない。