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追悼~チーフベアハート

  • 2012年09月19日

   いわゆる玄人好みの種牡馬で「記録よりも、記憶に残る名馬」のような気もするが、日本の生産シーンに大いなる足跡を残した1頭として「記憶に残さなければならない名馬」だと考えている。それがチーフベアハートという馬だ。

   通算成績は26戦12勝。豪快な追い込みを武器として、ハリウッドパーク競馬場で行われたブリーダーズCターフ(G1)を2分23秒92でレースレコードで制するなど、北米で芝G1を3勝。カナダでは2度年度代表馬に輝くなど歴史的な名馬として扱われている。5歳時にはカナダ代表として、ジャパンカップに出走。遠征の不利などもあってエルコンドルパサー、エアグルーヴ、スペシャルウィークといった強力日本馬には屈したものの、外国招待馬としては最先着(4着)を果たしている。

   父は米国の2歳チャンピオンで、英国ダービー馬エルハーブの父。母系にはミスタープロスペクターがいる名門ファミリーの出身だった。

   そうした競走成績、そして血統が評価されて現役引退後は日本軽種馬協会静内種馬場、胆振種馬場、及びニュージーランドへのシャトルスタリオンとして活躍。南北両半球で重賞勝馬を送った。(ニュージーランドでG2勝馬2頭)

   天皇賞・春(G1)を勝ったマイネルキッツ、短距離で活躍したビービーガルダン。マイネルレコルトは朝日杯フューチュリティS(G1)を勝って最優秀2歳牡馬に選出されている。また、ジャンプ界においてもメルシーエイタイムが最優秀障害馬になっている。競馬がスペシャリストの時代になった現在、これほどまでに幅広い距離、カテゴリーでチャンピオン級の産駒を輩出し続ける種牡馬は、そう多くない。

   思い出すのは、数年前に訪ねたときのこと。あのとき、チーフベアハートは怒っていた。撮影のために放牧地から1度出して、そして再び放牧地に戻すと入口付近から離れようとせずに、その周囲を数回走りまわり、そしてゴロンと横になった。

   「なんでも1番でないと気がすまないところがある馬なんです。そろそろ厩舎にもどる時間でもありますので、また放牧地に戻されたのがおもしろくないのでしょう」とスタリオンスタッフが教えてくれた。「これでも、若い頃に比べるとだいぶ大人になったんですよ。以前は、本当に激しい馬でしたから」と苦笑いを浮かべながら、頼もしそうにしていたのが印象的だった。そういえば、現役時代は深いブリンカーがトレードマーク代わりになっていたことを思い出した。

   今年は、シーズン当初から体調が思わしくなかったという。6頭に配合を行ったあと、静養していたが思うように回復せず、次年度の種付けも危ぶまれていた。種付けは無理でも、少しでも長生きして欲しいというスタリオンスタッフ全員の思いも虚しく、18日早朝に旅立ってしまった。

   すっと背が高く、そして薄い皮膚に覆われた栗毛の馬体は、本当に美しかった。残された産駒の活躍を祈るとともに、サンデーサイレンスの全盛時代にその輝きを失わなかった名馬の冥福を祈りたい。