馬産地コラム

ミホシンザンを訪ねて~谷川牧場

  • ミホシンザン~1
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  • ミホシンザン~3
    ミホシンザン~3

 2011年4月29日。プロ野球楽天イーグルスの本拠地開幕戦。4月29日はちょっとキャリアを積んだ競馬ファンには「天皇賞の日」として記憶されている。例え火曜日であろうと金曜日であろうと、昭和天皇の誕生日に行なわれるのが天皇賞だ。

 そんなことが記憶の中にあるので、この日「誰かのために闘う人間は強いということです」という嶋基宏選手会長の力強いスピーチを聞いてミホシンザンのことを思い出した。

 ミホシンザンは1982年4月16日に浦河町の日進牧場で生まれている。父は五冠馬シンザンで、母はムーティエ牝馬のナポリジョオー。1歳年上世代には史上初めて不敗の三冠馬となったシンボリルドルフがいて、さらにもうひとつ上の世代には19年ぶり史上3頭目の三冠馬ミスターシービーがいた。2頭の先輩3冠馬を追う立場にいたのがミホシンザンだ。

 不敗のまま皐月賞(G1)に勝ち、そして菊花賞(G1)に勝った。敗れたとはいえ3歳暮れには有馬記念(G1)に挑戦してシンボリルドルフの2着。先に引退したミスターシービーや翌年に海外遠征を控えたシンボリルドルフ。あるいは同世代のダービー馬で長期海外遠征を敢行しているシリウスシンボリに代わって次代を担う、そんな期待を背負う立場にいた。

 しかし。期待された4歳春は骨折に泣き、秋に復帰したものの4戦連続3着。どこか消化不良のようなレースを続け、心ないファンからは容赦ない罵声もとんだ。

 AJCC(G2)を逃げ切り、日経賞(G2)で本来の瞬発力を見せたものの、ミホシンザンがミホシンザンであるために、そして一緒に戦った馬たちのプライドを守るためにも第95回天皇賞(春)(G1)は絶対に負けることのできない1戦でもあった。そして、勝った。調子が下降線だったらしく、3コーナー過ぎにはムチが入るような手応えで、結果的にはハナ差の厳しい内容だったが、勝利の女神はミホシンザンに微笑んだのである。この日は1987年4月29日、水曜日。昭和天皇86歳の誕生日でもあった。

 あれから、24年。29歳になったミホシンザンは父が種牡馬として過ごした浦河町の谷川牧場で余生を送っている。「元気は元気なんですけど、ちょっと痩せたかな」と谷川貴英社長が馬を気遣う。しかし、体全体からは、かつて現役時代のパドックでは見せていたような、元気が伝わってくる。何かにイラついているような仕草も懐かしい。

 「元気なものですから、遊びたくて仕方ないみたいです。気持ちだけは若いんです」と苦笑い。それでも「現役引退後は、ここ谷川牧場で種牡馬生活を送っていたのですが、浦河地区の種牡馬を一か所に統合するために別の場所に移ったことがあるんです。何日か経って様子を見に行ったら、真っ先にぼくのところへ来てくれましてね。あのときは嬉しかったですよ」と少年のように目を輝かせた。

 今でも、シーズンともなればミホシンザンの現役を知らないような若いファンから、父シンザンのファンだったという方まで、多くのファンが会いに来てくれるそうだ。「ずっと放牧地から離れないような、そんな方もいらっしゃいます」という。

 「もう種付けはしていませんが、与えられた放牧地で自由に過ごしています。馬の本当の気持ちはわかりませんが、幸せに感じてくれていると思っています。このまま、好きなように過ごさせてあげたいですね」と愛情に包まれた日々を過ごしている。


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