馬産地コラム

コスモバルクを訪ねて~ビッグレッドファーム

  • コスモバルク~1
    コスモバルク~1
  • コスモバルク~2
    コスモバルク~2
  • コスモバルク~3
    コスモバルク~3

 澄んだ大きな瞳が、母の父トウショウボーイを彷彿させる。その瞳にビッグレッドファームの坂路が見える。コスモバルクにしてみれば、幾度となく登った懐かしの坂路だ。現在は、休養馬や来年のデビューを目指す1歳馬たちが駆け上がるその坂路をじっと見ている。

 「この馬は走るのが大好き。まだ走りたがっている」という岡田繁幸氏の言葉を借りるまでもなく、その姿を見れば、何となくだが馬の気持ちが理解できるような気がする。

 振り返れば、コスモバルクはいろいろなものに挑戦してきたパイオニアだ。道営競馬の認定厩舎制度の第1号馬としてJRAに挑戦し続けた。ハイアーゲームをレコードタイムで完封した百日草特別。所属する道営競馬が冬休みに入っても体を緩めることなくコスモバルクに乗り続けた五十嵐冬樹騎手の手綱さばきでラジオたんぱ杯2歳S(G3)、そして弥生賞(G2)に優勝した。皐月賞(G1)当日もまだ道営競馬は開幕前。それでも勝負服に身を包んだ同僚たちがJR札幌駅前で競馬の存続を訴えるシーンをテレビのドキュメンタリーで見たときは胸が熱くなった。

 皐月賞(G1)はダイワメジャーに、ダービー(G1)はキングカメハメハの厚い壁に阻まれたが地元に戻って北海優駿を貫禄勝ちした。あの日の旭川競馬場はコスモバルクというヒーローをひとめ見ようと多くのマスコミ、ファンであふれかえった。セントライト記念(G2)で2度目のレコード勝ち。そしてジャパンカップ(G1)では同世代の菊花賞馬デルタブルースを差しかえす根性を見せて2着となった。

 ニッポン競馬史上初となる地方競馬所属馬の芝のG1レース優勝はならなかったが、日高産馬として初の海外G1ウイナーとなる一方で、G1レース挑戦22回は史上最多だそうだ。そのひとつひとつが勲章だ。

 「いろいろな経験をさせてもらいました。ゆっくりさせてあげたいけど、今度は功労馬として何が出来るか、それをコスモバルクと一緒に捜していきたい」というスタッフがいた。

 コスモバルクの前に道はなく、コスモバルクのあとに道ができる。できることであるなら、その足跡が風化する前に、あとを追う馬が出てきて欲しい。そう思う。

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