ウイニングチケットを訪ねて~うらかわ優駿ビレッジAERU
ナリタタイシン、ビワハヤヒデとともに3強を形成し、1993年の牡馬三冠を彩ったウイニングチケット(藤原牧場生産)を訪ねた。同じようにクラシックを沸かせたゴールドシップらが巣立ったアジア最大級の育成施設・BTCから目と鼻の先にある、うらかわ優駿ビレッジ・アエルで功労馬生活を送っている。
普段、お世話をしている太田篤志さん(うらかわ優駿ビレッジ・アエル・乗馬インストラクター)が放牧地までウイニングチケットを呼びに行くと、スッと顔を上げて興味を示した。冬支度をするように黒鹿毛の毛は伸びているが、顔つきからはそれほど老いを感じない。
「今年で24歳となりますが、具合は良いですね。飼い葉はここの功労馬の中で一番早く平らげます。放牧地に早く行きたがるタイプで、馬房から出すと走り出すぐらいの勢いなんです。年齢的には高齢の域ですが、やんちゃな面もありますね。」と、近況を話す。現在は朝に飼い葉を与えてから放牧地に入り、夕方まで功労馬仲間のニッポーテイオー、ヒシマサルと共に過ごしている。1歳年上のヒシマサルとはいつもじゃれ合う仲で、お互いの余生に良い刺激を与えている。
昨年、第80回日本ダービー(G1)の日、ウイニングチケットは東京競馬場にいた。ダービーデーを盛り上げるべく、歴代優勝馬としてはるばる北海道から赴き、健在をアピールした。パドックの観客を見渡すような余裕があり、毛ヅヤは黒光りして冴え、さすがダービー馬と思わせる貫録にファンは息をのんだ。
「東京競馬場では昔を思い出していたのかもしれませんね。久しぶりの輸送でしたが、体調を崩すこともなく、ますます元気になって帰ってきた様子です。相変わらず見学の方も多く、ウイニングチケット目当てに30代~40代のファンがよく訪れています。」と、太田さん。厩舎の事務所には当時着用したゼッケンが、思い出深く飾られてある。
太田さんはかつてサクラユタカオーの余生を手がけた一人で、晩年から亡くなるまでを看ている。偶然にもウイニングチケットと同じ藤原牧場の生産馬だった。「ユタカオーからはいろいろなことを学びました。その時に得た知識を生かして、ウイニングチケットも長生きさせたいです。年齢を重ねていくと、当たり前と思えることを疑っていかなければなりません。老衰のために目が不自由になったり、凹凸ある場所を歩けなかったり、歯がなくなってきたりします。日頃から体調管理や変化に気を付けて、周りのスタッフがしっかりチェックしなければなりません。今年も注意深く余生を支えていきたいと思います。」と、真剣な眼差しで話す。頼もしいスタッフのもと、ウイニングチケットの顔つきは、どこか安堵の色を帯びている。