カネツクロスを訪ねて~カネツ牧場
デビューは平成6年の1994年。いわゆる「ナリタブライアン」世代だ。種牡馬の世界ではノーザンテーストの長期政権が終わり、リアルシャダイ、トニービンとチャンピオンサイアーがめまぐるしく変わっていた。産駒をデビューさせたばかりのブライアンズタイムがそれらに代わろうかという勢いでクラシックシーズンを席巻し、サンデーサイレンス産駒がデビューを果たそうとしていた、そんな時代だった。好景気を背景に、日本産馬の血統が、レベルが世界に追いつこうとしていたそんな時代にカネツクロスは競走馬デビューを果たしている。
それでも“昭和の香り”がする馬だった。ダートコースでは芽が出ず、芝変わりで一変した父タマモクロスをなぞるような競走実績がそう思わせるのかもしれない。
「生まれたときから素晴らしい馬でしたよ」とはカネツクロスの生産者であり、また現在同馬をけい養するカネツ牧場の鹿戸作蔵さんだ。「骨格の良い馬でした。それから、放牧地では機敏な動きを見せていましたね。この馬は絶対に走る、そんな確信のようなものを感じさせてくれる馬でした」という。
嬉しかったことは「重賞初挑戦でトップハンデを背負って勝ったエプソムC(G3)。着差こそクビでしたが、あの勝ちっぷりで夢を持たせてもらいました」と懐かしんだ。そうした生産者の期待に応えるようにカネツクロスは鳴尾記念(G2)、アメリカJCC(G2)を逃げ切って重賞3勝を記録した。
悔しかったことは「種牡馬にしてあげられなかったこと。時代がそうさせなかったと言ってしまえばそれまでだが、血を残せなかったのは、頑張った馬に対して申し訳なかったという言葉しかない」と無念の表情を見せた。
そんな鹿戸さんの心中を察するように20歳になったカネツクロスは元気一杯に放牧地を走り回っている。「種付けをしていないから、若々しいのかもしれませんね。少しだけ背中が落ちたような気がしますが、馬自身は年齢を感じさせないくらいに元気ですね」と体調のよさをアピールしている。夏休みを利用して、毎年のように会いに来てくれるファンがいて、好物のリンゴやニンジンを送ってくれる人もいる。「たくさんの人に今でも覚えてもらっていることが嬉しいです」と目を細めている。
残念ながらG1競走の父仔制覇はならなかったが、すでに父を超える年齢を達している。「タマモクロスのファンだったという方もたくさんお見えになります。脚質は正反対でしたが面影を感じてくれているのかもしれませんね」という。志なかばで逝ってしまった父の分まで長生きをして欲しい。