馬産地コラム

あの馬は今Vol.22~桜花賞・エルプス

  • 2007年04月30日
  • 今のエルプス~カタオカファーム
    今のエルプス~カタオカファーム
  • 同

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 1985年4月7日 第45回桜花賞 優勝馬エルプス


 「エ~ルちゃぁん、おいでぇ」と牧場の女性スタッフが大きな声を張り上げた。広い広いカタオカファームの放牧地。はるか彼方で、それまで草を噛んでいた1頭の栗毛馬がクビをあげて、確かに声のする方をみた。その馬は、きょとんとした様子で近づく人間をしばらく眺めていたが、やがて再び草を噛み始めた。
 「エルちゃんは、クールなんですよ。他の馬なら気づけば寄ってきてくれるんですけどね」とスタッフが笑う。たいていの場合、放牧地でも1頭ポツンと離れたところにいることが多いそうで、あまりほかの馬と一緒に行動することがないそうだ。現役時代、1頭で逃げることにこだわったのは、そんな性格ゆえだったからかもしれない。
 
 エルプスは、1984年9月、函館競馬場でデビューした。420キロの小さな馬体、とくに目立つ血統というわけでなく、12頭たて10番人気。不良馬場で行われたこのレースで、小さな体の栗毛馬は馬群の中でもまれて、最後は走る気力を失ったように9着と惨敗した。
 その後、折り返しの新馬戦を圧勝したエルプスは、以降「逃げ」にこだわった。逃げ馬にありがちな天才的なダッシュ力を持っているわけではない。むしろ、スタートは苦手だった。ゲートが開くと鞍上の木藤騎手がムチを連打してハナに立ち、そのままゴールまで粘りぬくという泥臭いレースぶりで勝利を重ねていった。そのためか、勝っても勝っても人気にならず、6戦4勝(重賞3勝)という成績を残して桜花賞の舞台に駒を進めてきたときも2番人気だった。
 この日、阪神競馬場は雨に見舞われた。とくに午後に入ると雨足は強まり、やや重と発表された以上に馬場状態は悪化していたように見えた。そんな中、3枠7番のゲートから飛び出したエルプスは、例によってダッシュはそれほどでもなかったが木藤騎手の5発のムチに応えるように2コーナーでハナをきると、そのまま主導権をとった。その後、桜花賞としては淡々としたペースに落としたエルプスは、余力を持って4コーナーをまわり、そして直線は襲い掛かるロイヤルコスマー、ミスタテガミを退けた。馬はもちろん、騎手も、調教師も、生産牧場も、すべてが初のクラシックタイトルだった。
 2冠を期待されたオークスは逃げることが出来ずに大敗。秋になって京王杯オータムHを勝つも、ローズS2着。エリザベス女王杯は11着と沈み、結局、これが最後のレースとなった。通算成績は11戦6勝。
 
 そんなエルプスも25歳になった。今は静内のカタオカファームで功労馬として悠々自適の生活だ。訪れるファンも多く「年に何回も足を運んでくれる方もいらっしゃるんです」と誇らしげだ。
 繁殖牝馬としては産駒に恵まれずに重賞ウイナーを残すことはできなかったが、愛娘のリヴァーガールがテイエムオーシャンの母となってその血を広げている。

               日高案内所取材班