馬産地コラム

あの馬は今Vol.2・高松宮記念・サニングデール

  • 2006年04月01日
  • サニングデール~2月21日展示会で
    サニングデール~2月21日展示会で
 アスリートには、絶対に譲れない“領域”がある。
 サニングデールは、スピードスケートの清水宏保選手やマラソンの高橋尚子選手がそうだったように、デビューから自分がもっとも得意とする距離にこだわりに見せていた。
 日本国内で出走した26戦中、20回までもが1200m戦。マイル以上の距離には1度も出走したことがない“こだわり”はある種の“潔さ”にも通じるものだった。彼が求めたものはクラシックの栄誉ではなく、ましてはオールマイティな幅広さではなく、スプリントG1の舞台だった。

 豪快な末脚を武器としたデュランダルの参戦で盛り上がりをみせた2004年の高松宮記念。JRA創立50周年記念イベントが行われる中、勝ったのはサニングデールだった。
 前をいくギャラントアローやシーイズトウショウら伏兵陣を視野にいれながら、後ろから追いこむデュランダルの追撃をかわしたレースぶりは、心身に焼きつけられたスプリント能力がいかんなく発揮されたものだった。
 それは誉高き欧州年度代表馬に輝いた亡き父への最大の恩返しであり、底力あふれる欧州のクラシックファミリーの価値をさらに高めるものだった。
 その後、27戦7勝(重賞5勝)で引退した同馬は、父ウォーニングが種牡馬生活を過ごしたJBBA静内種馬場にやってきた。
 「少しの間でしたけど、父のウォーニングも担当していたんですよ。こうやってG1ウイナーとなった直仔をもう1度担当できるなんて、冥利に尽きますね」とJBBAスタリオンスタッフの斎藤さんの笑顔が弾ける。「激しさは父譲り。賢さも父譲り。体つきなんかも似てますし、種牡馬としても父のあとを追って欲しい」と思いを寄せている。
 かつて、日本の種牡馬市場は外国メディアから「名馬の墓場」と揶揄されたことがある。国際競走となった高松宮記念におけるサニングデールの優勝は、そんないわれのない中傷じみた風説を一蹴するものでもあった。
 
 高松宮記念が行われる3月末。国内でも有数の桜の名所となった静内町の二十間道路のつぼみは硬く閉じたままだが、必ず咲き誇る日がやってくる。ウォーニングの、サニングデールの血が大きく花開く日を楽しみにしていただきたい。