マーベラスタイマーを訪ねて~日高町家畜自衛防疫組合(旧五輪共同育成センター)
1999年のアルゼンチン共和国杯(G2)、2000年の日経新春杯(G2)の勝ち馬マーベラスタイマー(ヤマオカ牧場生産)を訪ねた。引退後は福島県南相馬市で繋養されていたが、昨年の東日本大震災の影響で、現在は日高町の旧五輪共同育成センターに疎開している。
昨年の8月31日に日高町へやってきたマーベラスタイマー。共に津軽海峡を渡った被災馬とともに、今は広い放牧地でのびのびと草を食んでいる。同じ放牧地にはタマモヒビキ、トーセンシャナオー、ナイスナイスナイス、ピットファイターといった重賞馬も一緒だ。「大人しくてマイペースな性格ですね。手のかからない馬で、体調はすこぶる良いです。」と、お世話をしているスタッフは話す。
冬季までは昼夜放牧をし、現在は朝7時から午後3時過ぎまで外に出ている。1月に入って地面はすっかり雪に覆われたが、寒さに負けず、せっせとウォーキングに励んでいる。現役時代は500kg台で競馬をしていた馬で、その大柄さは相変わらず。放牧地では一番大きい馬だが、周りの小さい馬に威張ることなく、スタッフの言葉通り、自分の世界に入っている感じだ。
現役時代は芝中長距離戦を得意とし、7勝をマークした。早くから重賞級の器と評価されていたのだろう。重賞を制すまでの20戦のうち、半分以上は1番人気に推されてのレースで、人気先行気味に階段を駆け上がった。準オープンクラスの身で挑戦したアルゼンチン共和国杯(G2)では、ダイワオーシュウ、ホットシークレット、ローゼンカバリーといった古豪を打ち破り、飛び級で初重賞制覇。その後、1戦を挟んで出走した日経新春杯(G2)では後のG1馬メイショウドトウを下して2つ目のタイトルを奪取し、その実力は確かに重賞級であることを証明した。G1出走は果たせなかったが、一線級相手に太刀打ちできる力は十分秘めていたのではないだろうか。
「1月に入ってだいぶ雪が積もるようになりましたが、放牧地の端から端までよく歩いていますよ。元気一杯で、何も心配はありませんね。」と、スタッフの声。まもなく震災から1年。復興が急がれる中、被災馬の健やかな姿は、多くの人たちの気持ちを安堵させてくれるだろう。