アサクサデンエンを訪ねて~ブリーダーズスタリオンステーション
「武邦彦の息子じゃなく、武豊の親父と言わせたい」と言ってベテラン記者を唖然とさせたのは、若き日の武豊騎手だった。“名人”“ターフの魔術師”といわれ、クラシック3冠を含め、通算1163勝はとてつもない数字だったからだ。
しかし、わずか9年で父親の記録を塗り替えた息子は、現在もJRA史上最多勝を更新し続けている。
「兄弟でこれほど違うんですね」というブリーダーズスタリオンステーションの坂本教文主任の話を聞いていたら、そんなことを思い出した。半弟のスウィフトカレントが気合を表に出すタイプなのに対して、兄のアサクサデンエンは人懐っこくて、温和な性格らしい。
「温和っていうよりも、若さが足りないっていう表現の方が良いんじゃないですか」というのは担当の佐々木さんだ。周囲の空気が一気になごむ。普段から激しさをむき出しにする種牡馬が多い中で、この馬はのんびりとした雰囲気を醸し出す癒し系らしい。「さすがに種付けのときは気合が入りますが、終わってしまえばおとなしいものです」と周囲を笑わせた。
種付けシーズン中の同スタリオンSが、いつも込み合う理由がわかる。魅力的な種牡馬ラインナップが揃っていることはもちろんだが、人も、馬も個性的なキャラクターが絶妙にかみ合って、場の雰囲気が明るい。
と、そんなとき草を噛んでいたアサクサデンエンが「ウヒィ~ウヒィ~」と小さな声で鳴きながら走り出した。「現役時代も鳴きながら走っていたみたいですよ。厩舎の方が言っていました」とびっくりするようなエピソードを披露してくれた。鳴くということはレースに集中せずに、まだ余力があるということ。そんな余裕をかましながら、京王杯スプリングC(G2)をレコード勝ちし、安田記念(G1)を勝ったらしい。
天皇賞(秋)(G1)2着、2006年度のサマー2000シリーズチャンピオンで同スタリオンで種牡馬生活を送るスウィフトカレント(父サンデーサイレンス)は「アサクサデンエンの半弟」というキャッチフレーズだが、「初年度から活躍馬を出さないと、ヴィクトワールピサのお兄ちゃんになっちゃう(同スタッフ)」というプレッシャーもある。それでも、弟たちの活躍をもっとも心強く感じているのはアサクサデンエンとその関係者たちかもしれない。