馬産地コラム

シルクフェイマスを訪ねて~優駿SS

  • 2010年04月09日
  • シルクフェイマス
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  • 同

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 「競馬が他の公営競技と一線を画しているのは、血統があること。そして、最大の魅力は、そのサイクルが早いことだ」と言った人がいるが、言い得て妙だ。人間の世界ではこうはいかない。競技年齢に達するまでの時間もさることながら、ひとりの人間が親として育てられる人数に限りがあるからだ。

 シルクフェイマスが9か月にも及ぶ休養から復帰し、最下級条件戦から重賞2勝を含む5連勝で、一気にG1級までのぼり詰めたときは、その父マーベラスサンデーのキャリアを彷彿させた。先行すれば危なげなく抜け出し、後方に控えれば確実に前をとらえるその脚質もまた父を思い出させるものだった。

 シルクフェイマスが進む先には、父マーベラスサンデーがそうであったように選ばれし者だけがたどり着ける栄光が待っている。いや、待っているはずだった。しかし、現実は厳しい。天皇賞(春)(G1)の3着こそ父と同じ着順だったが、父が勝った宝塚記念(G1)はタップダンスシチーの逃げ切りを許して2着。父が2年連続2着した有馬記念(G1)はゼンノロブロイ、タップダンスシチーに次ぐ3着だった。

 少しずつ、しかし確実に広がる差。時計にすればほんのわずかだが、そこには永遠に縮まることのない大きな距離があるような気がした。

 そんな苛立ちも関係しているのか、レースキャリアを積むごとにシルクフェイマスには気性の激しさが露呈され、また再三再四、脚部不安に悩まされて大成を阻まれた。

 「父よ、あなたは強かった」というのは、忌まわしい歴史の中で歌われた日本の軍歌だが、8シーズンの競走生活を終えた2010年からシルクフェイマスは、その父マーベラスサンデーが種牡馬生活を送る新冠町の優駿スタリオンステーションで種牡馬となった。

 「芝の中、長距離界のスペシャリスト。サンデーサイレンス系の新種牡馬という意味でも、また名種牡馬マルゼンスキーと同じ母系というのも種牡馬としての可能性を感じさせる」と事務局ではアピールし、「長くシルクホースクラブの看板馬として活躍してくれたので、その仔もぜひクラブにラインナップさせたい」とオーナーサイドもバックアップ体制をとっている。

 種牡馬として、超えるべき父の壁は厚く、高い。それでも条件戦から連勝して重賞競走に勝つような産駒が生まれたら、父シルクフェイマスとともに、祖父のマーベラスサンデーを思い出し、競馬だけが持つ愉しみを満喫したいと思う。
取材班