馬産地コラム

あの馬は今Vol.7~オークス・ケイキロク

  • 2006年05月23日
  • ケイキロク~20日取材
    ケイキロク~20日取材
  • 同

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1980年5月18日 オークス 優勝 ケイキロク

 日高町門別緑町。トラックの行き交う国道から少し入っただけで驚くほどのどかな田園風景が広がる。つい1ヶ月前までは枯れたようだった芝も青々と生い茂り、まるで春が、夏を引きつれて急ぎ足でやってきた。そんな雰囲気だった。
 新緑の絨毯に包まれた縦長の放牧地。遠くの方から、ケイキロクが近づいてきた。ゆっくりとだが、力強い脚どりで。一瞬、外館孝一牧場の放牧地が、東京競馬場の長い直線に見えた。そう、あの日の東京競馬場も、こんな天気だったと記憶が蘇った。

 第41回オークス。午前中から振り続く雨で馬場は渋り発表は重。しかし、華やかなオンナの戦いを飾るかのように、レースの前にはおだやかな初夏の陽射しが差しこんでいた。
 波乱の兆候はレース前からあった。デビュー3戦目に桜花賞を制したハギノトップレディが枠入りを嫌がった。レースでは逃げる姿勢を見せたのだが、大外枠からかかり気味にハセシノブが逃げた。鋭い差し脚を武器にトライアルを快勝した1番人気のコマサツキは最後方でレースを進める。場内がどよめいた。そのコマサツキを上回る瞬発力でクイーンCを制したジュウジアロー、トライアルで脚質転換に成功したシャダイダンサー、天才少女といわれたポリートウショウだってここに駒を進めてきた。
 けやきのあたり。ハギノトップレディが先頭を奪い返したが、すでに余力はなくリックサンブルが先頭にたつ。それぞれの騎手の思惑があるのだろう。コース利を求めるもの、馬場のよいところを探すもの。思わずアナウンサーが「何が先頭だ」と叫ぶほどに19頭が横に広がる中、抜け出したのは後方で脚を溜めていた岡部騎手騎乗で10番人気の伏兵ケイキロクだった。48年のオークスで逃げて最下位に沈んだ母ケイスパーコの無念を晴らす、5馬身差の圧勝劇となっていた。

 それから、25年の月日が流れている。
 「人間が大好きなんですよ」と現飼養者である外館孝一さん。ケイキロクが繁殖牝馬としての現役を退いてからだから、すでに10年近くを同馬と過ごしてきた。驚くほどに馬体は若々しい。ともに下河辺牧場を支えてきたロイヤルコスマーが同じ放牧地にいるからだろうか、穏やかな日々を過ごしている。隣の放牧地にはまだ繁殖牝馬としてやっていけそうなオールフォーロンドンもいる。
 「3頭とも元気ですよ。とくにケイキロクは元気ですね。近づくと頬ずりしてきます。かわいいものですよ」と目を細めている。歯も丈夫で人参などもボリボリと音を出して食べるそうだ。
 訪れるのは、オールドファンばかりと思いきや「繁殖牝馬としても優秀な仔を多く出してますから、結構、若いファンも多いんですよ。人懐っこい馬だから、1度来た人は2度、3度と来てくれるケースが多いですね。」という。多い人は年に3回も同馬に会いに来たという。
 オークスで見せたあの激しさは、もう微塵もない。おだやかな1頭のサラブレッド。この、幸せな日々が1日で長く続いて欲しいと思う。

         5月20日取材  日高案内所取材班