馬産地コラム

ナムラコクオーを訪ねて~高知県・土佐黒潮牧場

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 NHK杯(G2)を始めとして中央重賞4勝を挙げ、脚部不安と闘いながら高知競馬で12歳になるまで走り続けたナムラコクオー(牡19歳、父キンググローリアス 母ケイジョイナー)を高知県須崎市の土佐黒潮牧場に訪ねた。

 本馬は1993年9月デビュー、3戦目に初勝利を挙げると5戦目に2勝目を挙げて、年末のラジオたんぱ杯3歳ステークス(G3)、年明けのシンザン記念(G3)と重賞連勝を果たした。弥生賞(G2)3着の後、NHK杯(G2)を優勝するが、この時の鞍上は同期で後に三冠馬となるナリタブライアンの主戦だった南井克巳騎手だった。「ナリタブライアンを倒せるとしたらナムラコクオーしか居ない」ファンだけでなく競馬関係者の多くがそう思っていた。

 しかし、迎えた日本ダービー(G1)ではレース中に骨折し6着に敗れる。更に屈腱炎を発症し長い休養に入る。日本ダービー(G1)から1年9か月、競馬場に戻って来た本馬は脚元に負担の少ないダートに戦いの場を移し、休み明け3戦目のプロキオンステークス(G3)で久々の勝利を挙げた。しかし、その後も脚部不安に悩まされ、1996年5月のかしわ記念(G2)4着を最後に中央の登録を抹消、高知競馬へと移籍する。

 1997年1月、8か月の休養を挟んで挑んだ高知競馬初戦は2着、以後は休養を繰り返しながらも勝ち星を積み重ねていった。1997年2戦0勝、1998年2戦0勝、1999年9戦7勝、2000年1戦0勝、2001年未出走、2002年6戦6勝、2003年12戦8勝。常に脚部不安と闘いながらも復活を続ける本馬の姿は多くの競馬ファンに感動を与えたが、12歳となる2003年9月のレースを最後に引退することとなった。通算成績47戦27勝(中央14戦6勝、地方33戦21勝)。

 現役引退から2か月後の2005年11月23日、本馬は8頭目のBTC「引退名馬等のけい養展示」の助成対象馬として移動してきた。「ナリタブライアンの同期としてだけでなく、長く高知競馬を支え続けた名馬だけに、早い時期から土佐黒潮牧場で受け入れられるようお願いしていました。これだけの名馬を受け入れることが出来て、本当に嬉しかったですよ。現役時代は気性が激しかったですが、今はだいぶ落ち着き、脚元も良くなってきました。」と嬉しそうに語る濱脇さんだ。この馬の人気は相当なもので、「黒潮友馬会」の会員増にも一役買ったという。

 取材をしていると2人の会員さんが牧場に遊びに来た。徳島にお住まいで、車で3時間かけて月に1度は遊びに来るそうだ。一人はラガーチャンピオンのファン、もう一人はナムラコクオーのファンという事で、最初は「個別の馬の応援」で会員になり、牧場に遊びに来ていたのだが、濱脇さん達の熱意に触れる内に、今では「土佐黒潮牧場(全ての馬)の応援」に変わったそうだ。「こんな施設が全国各地に出来たら嬉しいんですけどね。」と会員さんは口にする。

 馬の手入れは出来ないという事で、厩舎作業(ボロ拾い)を手伝っていたが、会員さんのとってはこんな形で馬と触れることが出来るのも、一つの喜びだという。「黒潮友馬会」では年に1回、馬を囲んで会員の親睦会もおこなっているそうだ。

 「多くの会員さんに支えられて土佐黒潮牧場がありますが、『人が集まるのは馬の力』だと思っています。」と濱脇さん。10年にも及ぶ現役生活を終えたナムラコクオーだが、今後10年20年と幸せな余生を過ごしてもらいたい。
取材班

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