重賞ウィナーレポート

2016年11月27日 ジャパンC G1

2016年11月27日 東京競馬場 小雨 良 芝 2400m このレースの詳細データをJBIS-Searchで見る

優勝馬:キタサンブラック

プロフィール

生年月日
2012年03月10日 04歳
性別/毛色
牡/鹿毛
戦績
国内:13戦8勝
総収得賞金
1,876,843,000円
ブラックタイド
母 (母父)
シュガーハート  by  サクラバクシンオー
馬主
(有) 大野商事
生産者
ヤナガワ牧場 (門別)
調教師
清水 久詞
騎手
武 豊
  • ヤナガワ牧場の梁川正普社長が表彰台に立った(前列の向かって左端)
    ヤナガワ牧場の梁川正普社長が表彰台に立った(前列の向かって左端)
  • レース後万歳で優勝を祝う牧場の皆さん
    レース後万歳で優勝を祝う牧場の皆さん
  • 育成に携わった日高軽種馬共同育成公社の佐々木健次場長(向かって右)と漆原和幸業務課長
    育成に携わった日高軽種馬共同育成公社の佐々木健次場長(向かって右)と漆原和幸業務課長
  • 2歳時9月の横姿(提供/日高軽種馬共同育成公社)
    2歳時9月の横姿(提供/日高軽種馬共同育成公社)
  • 2歳時10月の坂路調教の様子(提供/日高軽種馬共同育成公社)
    2歳時10月の坂路調教の様子(提供/日高軽種馬共同育成公社)

   優勝賞金3億円をかけた大一番、ジャパンカップ(G1)はキタサンブラックが優勝。1番人気に応え、府中の芝2400mを堂々逃げ切った。

   本馬の生産は日高町のヤナガワ牧場。これまでにはサンライズバッカスやプライドキム、コパノリチャードといったG1馬を生産し、現役馬にもダート界の強豪コパノリッキーがいる。繁殖牝馬は預託・自己所有合わせて約40頭で、スタッフ8名が働いている。

   レース当日、東京競馬場に同牧場の梁川正普社長と会長夫人の弘子さんが応援に出向き、牧場自宅では正克会長がその走りを見守っていた。正克会長は、「今回は外国の馬も出走していましたし、どんな展開になるかわかりませんでしたが、ハナを切って、最初の1000mを1分1秒7で通過しましたからね。これは良いペースだなと思いました。ダービーの時は58秒8でしたから。道中は後続と程よく離れて、絶妙な間隔で逃げられたと思います。直線に向いても余裕があり、武豊騎手の手が動いていなかったので、何とかなるかなと思いました。それでも、勝った瞬間はびっくりして震えましたね。これだけのメンバーが集まるG1で、そう簡単には勝たせてもらえませんから」と、胸中を語った。レース後は日高町の三輪茂町長や地元の牧場主が駆け付け、梁川さん家族や牧場スタッフと万歳で勝利を祝った。三輪町長は、「日高町産馬が勝ってくれて嬉しい限り。それも、今回はジャパンカップですからね。これで年度代表馬も見えてきました。日高全体としても、大きなアピールになるでしょう」と、声を弾ませた。

   本馬は、父ブラックタイド、母シュガーハートという血統。母も同牧場の生産馬で、2005年に生まれている。調教では素晴らしい動きを見せていたものの、故障のためデビュー叶わず、不出走で繁殖入りし、その3番子として生まれたのが本馬だ。牧場時代については、「理想的な馬でしたね。脚が長く、性格的にはおっとりしていて、落ち着ていました」と、正克会長は振り返る。離乳から1歳秋まで順調な幼少期を過ごした。

   その後、本馬は新冠町にある日高軽種馬共同育成公社に移動し、後期育成となった。ダートコースで乗り込み、当時新設したばかりの坂路コースでも鍛えられた。同育成場の佐々木謙次場長に、当時について伺うと、やはり「おっとりした馬だった」と思い出す。

   「育成当時は、キャリアの浅い若手スタッフが乗ることもあったぐらい、従順で乗りやすい馬でした。入厩時から体高があって、大きな馬でしたから、脚元の負担には注意していました。早くから清水久詞調教師の方針にも合わせて、時間をかけて乗り込みました。オーナーの北島三郎さん(大野商事)も、所有馬には成長に合わせた育成というやり方なので、焦らずに調教できたことが実を結んだと思います」

   育成場の中での調教進度でいえば、同世代で最後のグループだったという。近年の2歳戦の番組の早さにも惑わされず、陣営の「じっくりいこう」というスタンスが着実な成長を促し、2歳秋に栗東へと巣立った。

   今年の本馬は、天皇賞(春)(G1)とジャパンカップ(G1)を制し、来る有馬記念(G1)ではファン投票1位に選ばれている。競馬雑誌では表紙を飾り、人気・実力とも現役最強と言わしめる存在だ。今年の暮れも、またその先も競馬場では「まつり」の歌声が、故郷では万歳の歓声が響き渡るかもしれない。正克会長は生産馬の頑張りに喜びを感じつつ、自身が以前、北西牧場で場長を務めていた頃や、ヤナガワ牧場での歩みを振り返り、万感の思いだ。

   「これまでの牧場の道のりでは、紆余曲折あって苦労しましたからね。牧場がつぶれないように、発奮しましたよ。昔を思い出せば、朝5時から夜8時まで働いて、毎日疲れたし、お金の心配ばかりしていました。お付き合いで遅くまでお酒を飲んで、太鼓持ちみたいなこともしましたね。G1を獲ることは難しいことですが、チャンスのあるうちに勝てて嬉しい。お世話になっている北島オーナーからは『いつか赤白の手綱を持ちたい』と言われていたので、生産馬でそれが叶って何よりです。キタサンブラックは日高にとって希望の星としても活躍して欲しい。先々は競馬産業の発展のために、日高に良い馬が集まるように、その血を残して欲しいと願っています」