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メイショウホムラが死亡

  • 2013年04月10日
  • メイショウホムラ(2009年11月)
    メイショウホムラ(2009年11月)
  • メイショウホムラ(2009年11月撮影)
    メイショウホムラ(2009年11月撮影)
  • メイショウホムラ(2009年11月撮影)
    メイショウホムラ(2009年11月撮影)

 4月1日、1993年のフェブラリーハンデ(G3)の優勝馬メイショウホムラが、余生を送っていた日高町の日西牧場で老衰のために死亡した。25歳だった。同馬交流重賞の申し子メイショウバトラーの父として名をあげたが、2008年の種付を最後に種牡馬生活を引退。その後は同牧場で引退功労馬として過ごしていた。2年ほど前に一度体調を崩したそうだが、その後、回復。寒い冬も乗り切った矢先だっただけに牧場関係者は肩を落としている。

 メイショウホムラは父ブレイヴェストローマン、母メイショウスキー(その父マルゼンスキー)という血統。新冠町の北星村田牧場の生産馬で、2歳11月に栗東の高橋成忠厩舎からデビューした。京都競馬場ダート1400mの新馬戦で2着馬に3秒3という歴史的大差をつけて圧勝。3歳クラシックシーズンは骨折のために棒に振ってしまったが、11か月ぶりとなる復帰戦を7馬身差で快勝すると、以降はゆっくりとだが確実にクラスをあげて5歳2月のフェブラリーハンデ(G3)で重賞初勝利を記録。その後、オープン特別を3連勝するなどダートのマイラーとして活躍した。通算成績は25戦10勝2着4回3着1回。全10勝をダート競馬で記録し、1993年にJRA最優秀ダート馬に選出されている。

 現役引退後は、14年間の種牡馬生活の中で17頭の勝馬で65勝を記録。その中には重賞10勝馬(交流含む)メイショウバトラーやメイショウディオ(JRA3勝)もいる。

 同牧場では「長く愛していただき、ありがとうございました」と感謝のコメントを残している。

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