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追悼~マイネルラヴ

  • 2012年06月11日
  • マイネルラヴ(2010年6月撮影)
    マイネルラヴ(2010年6月撮影)
  • マイネルラヴ(2010年6月撮影)
    マイネルラヴ(2010年6月撮影)

 別れは、いつも突然にやってくる。
 パソコンの画面に映し出された情報が、第32回スプリンターズS(G1)に優勝したマイネルラヴの訃報を伝えているが、当然、実感は沸かない。

 目を閉じれば、在りし日のマイネルラヴが目に浮かぶ。
 種牡馬展示会では威風堂々。凛とした雰囲気を漂わせていた。馬房では穏やかな表情を見せてくれたし、放牧地では躍動感あふれる動きを見せてくれた。そして、無邪気に寝転ぶ姿もまた印象に残っている。

 共通していたのは、いつも美しかったということだ。青鹿毛の馬体に無駄肉はなく、引き締まった顔。心の中のマイネルラヴは、いつも生命力にあふれていた。父シーキングザゴールドはドワイヤーS(米G1)、スーパーダービー(米G1)の勝馬で、母ハートオブジョイは英国と愛国1000ギニー(G1)でともに2着という活躍牝馬。その血統に相応しく、世界の一流馬が集まる米国キーンランドのジュライセールに上場され、岡田繁幸氏が「筋力の強さであるとか、雰囲気がサンデーサイレンスに似ている」と買い求めた馬だった。

 新馬戦を楽勝。朝日杯3歳S(G1)はリンドシェーバーのレコードタイム(当時)で走り抜けたが、2馬身半前にはグラスワンダーがいた。外国産馬だったためにクラシックに出走権はなく、向かったニュージーランドトロフィー4歳S(G2)、NHKマイルC(G1)ではエルコンドルパサーの軍門に下ったが、秋初戦のセントウルS(G3)で古馬を一蹴。暮れのスプリンターズS(G1)ではフランス帰りのシーキングザパール、タイキシャトルを撃破し、その名前を絶対なものとした。外国産馬の最強世代。マイネルラヴも、その中心にいた。通算23戦5勝はA級馬としては特別に目立つものではないが、好調時に見せた能力は超のつくA級馬だった。

 2004年新種牡馬ランキング2位。NARに限ればトップ。産駒デビューの年から2012年まで9年連続で重賞勝馬を送り、昨年はNAR2歳サイアーランキングで2位になっている。そうした産駒の活躍で、今年デビューを控えている2010年生まれ世代は生産頭数(120頭)血統登録数(112頭)ともに自己最多。それらの多くはせり市場で取引され、2011年は49頭が市場で取引された。生産者にも、馬主にも愛された馬。それがマイネルラヴという馬だった。残念なのは、それら産駒の活躍を見ることなく旅立ってしまったこと。それが無念でならない。

 動くことが大好きだったというマイネルラヴ。類い稀なスピードを持った彼は、生きることにも全力疾走だったのかもしれない。

 17歳。種牡馬としては若すぎる死かもしれないが、12世代の産駒を残し、すでに母の父としてもマイネショコラーデ(函館2歳S(G3)2着)、ドリームバレンチノ(福島民友C)などを残してくれている。彼の血は、永遠だ。

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