馬産地ニュース

ニシノライデンが死亡

  • 2012年01月06日

 1985年の阪神大賞典(G2)など重賞4勝を挙げ、激しい気性で知られたニシノライデンが12月31日、繋養先だった日高町の西山牧場で、老衰による心臓麻痺のため死亡した。30歳の大往生だった。

 ニシノライデンは父ダイコーター、母ミスホマレシロー、母の父ダディダンフィという鹿毛の牡馬。10月4日に死亡したシンボリルドルフやスズパレード、トウカイローマン、ダイアナソロンらと同期となる。

 競走成績は旧4歳~7歳時26戦7勝。4歳2月にデビューすると、パワフルな先行力を武器にダートで2勝を挙げ、芝のすみれ賞でも3馬身半差の快勝。関西の秘密兵器といわれた1984年のクラシック3冠では、皐月賞(G1)6着、ダービー(G1)5着、菊花賞(G1)3着という成績だった。重賞は1984年の京都新聞杯(G2)、1985年の阪神大賞典(G2)、1985年の鳴尾記念(G2)、1987年のサンケイ大阪杯(G2)とG24勝。1985年の朝日チャレンジC(G3)では1位入線後失格、1987年の天皇賞(春)(G1)ではミホシンザンの鼻差2位入線後失格となるなど、G1は勝てなかったが、気性の激しい個性派として活躍した。

 現役引退後は西山牧場で種牡馬入り。激しい気性は産駒にも引き継がれ、種牡馬としては大成できなかった。1996年シーズンの種付けを最後に事実上種牡馬を引退。功労馬として余生を送っていた。

 昨年10月に行なわれた北海道馬産地見学ツアーで西山牧場を訪問した際には、見学はできなかったが山田研児場長から「元気にしてますよ」と聞かされていた。同期のシンボリルドルフが死亡した後だっただけに、「ルドルフの分まで長生きしてほしい」と願ったことが思い出される。1980年代後半の競馬を盛り上げた個性派の冥福を祈りたい。

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